2006年04月28日

校内美化の結末は!?

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タタオが高校生のころ、にこにこして、私に言った。


タタオ「最近、タバコ代ぐらいは、いつでも手に入れられるんだよ。


高校に、空き缶の回収機置くようになってサ。


空き缶1個入れると、十円出て来るんだよ。


けっこう金になってサ。すぐ千円くらいたまるんだよ。」




タタオくん、ごきげんである。






タタオが1.5年通った都立高校は、とっても楽しそうな高校だった。


例えば


・駅前のパチンコ屋のイベントの日は、なぜか、午前中、生徒の欠席が多い


(因果関係はわからないが、負けたヤツから、学校に来るというウワサも)



・1時限目の出席は、教室で取るより、駅前のマックで取った方が出席率が断然いい
もちろん、喫煙席




・先生はどう見てもチ○ピラ




・教室に馬券が落ちている





・ゴミ箱にはエロ本が捨ててある







とこんな具合なので、校舎はどんどん汚れていく。


そこで学校が校内美化の一環として、空き缶回収機を設置したらしい。






たちまち、生徒たちは、校内にある空き缶はすべて集め、金に替えていく。

(ここまでだったら、校内美化の目的は達せられたのだが)





だが、空き缶というものは、誰かが買ってポイ捨てしない限り、限界がある。


となると、学校内だけではなく、



学校近くのコンビニのゴミ箱、パチンコ屋のゴミ箱が次々に校内に持ち込まれて来た。




今や、学校近くの空き缶は貴重品と化し



最終的には、駅周辺から、空き缶を集めつつ、バスに乗って、学校まで持ってくるらしい。





もはや空き缶回収機の前は、



「行列のできるお金配布所」である。



・・・先生も、まさかこんな展開になるとは考えもしなかっろう。・・・





しばらくして、『空き缶あつめはどう?』と聞いたら、



もう学校に、空き缶回収機はなく、もとどおりのポイ捨て学校に戻っていたそうだ。
posted by タキちゃんのママ at 19:25| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月26日

万引きあれこれ

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友達の子供が小学生のころ、子供の部屋に見慣れないものがあったそうだ。



「これ、どうしたの?」と子供に聞いたら、

「○○ちゃんが万引きしようと言って断れなかった」と子供が答えた。

「わかった。お母さんとお店にあやまりに行こう」

そして、いっしょにやった○○ちゃんのお母さんに電話した。

友達「こういう訳だから、いっしょにお店にあやまりに行こう」

○○ちゃんのお母さん「見つかってないのに行く必要ないんじゃない?」





この二人の子供の行く末が、はっきり分かれたのは言うまでもない。


友達の子供はまともな社会人になった。


もうひとりは・・・・・・これから立ち直るのは大変だろう。


その後も、なにかやる度に、親が、かばったりもみ消したりしたのも聞いている。






タタオだって、あれほど万引きはいけないって言ってたのに、

中1のとき友達とやって、つかまった。


お店の方、ホントつかまえてくれてありがとうございました。


親が頭下げるのを見て、軽い気持ちでやったタタオも、何か感じるところがあったんだろう。


親が要求もしないのに、反省文を書いてきた。


「もう二度としません」




二、三年後、キキコに「おにいちゃん、万引きなんてやってないかな?」と言ったら

「だいじょうぶだよ。お兄ちゃん、あたしに

『お前、万引きだけはするなよ』って言ってるもん」



子供が中学生になると、親が今まで教えてきたことを、次々とひっくり返す。



どうしても、自分で失敗して痛い目に会わないとわからないらしい。








タタオが中学生のとき、スケボーやったりしてみんなで遊んでた。


当然、ゴミが出る。ゴミは片付けるように言っても、なかなか。


そりゃあ、不良がゴミ片付けてたら不良にならないものねえ。



しかたなく、夏休み、私は朝早く起きてゴミを拾いに行った。


溜まり場はわかってる。


恥ずかしいから、ラッキーを連れて犬の散歩のふりをして、

手にはナイロン袋三つ(犬のウンチ用、燃えるゴミ用、カンなど燃えないゴミ用)。


まわりに人がいないのを見計らって、そそくさとゴミを拾う。


人に見つからないように、毎朝5時起き である。(トホホ)



そのうちに、タタオは「後輩にゴミを片付けるように言っておいた」とか、

もう少し大人になると、

「スケボーで遊んだあと、オレたちはいつもゴミを片付けてから帰るから、苦情こないよ」

とか言うようになった。







教えたことを散々ひっくり返した後は、ちゃんと、しつけられたことを思いだすらしい。


タタオは、今や、携帯用灰皿まで持っていて、ゴミを散らかさない社会人である。






うちが以前、お店をやってた時のこと


万引きする中学生や、高校生相手にダンナは


・万引き犯を殴る蹴る

・警察と親に連絡する

・賠償金を取る


というようなことをやって、万引きがいかに割に合わないかということをしっかり教えて差し上げていた



ある日万引き犯をいつものように殴ってたダンナにタタオが近づいてきた。


お前まで殴らなくていいよと言おうとしたダンナに、タタオが一言。




「お父さん、もう止めときなよ」




タタオにいさめられた暴走オヤジであった。
posted by タキちゃんのママ at 20:12| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月22日

カッコイイ先輩につくのは


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タタオ「オレ、後輩にカッコイイって言われた。」



「お〜〜〜!」


タタオ「何でかわかる?」


「よく働くから?」


タタオ「なんで、そーなるんだよ!?かーちゃんがオレのことほめるのってそればっかり」






タタオ「違うよ。オレには、カッコイイ先輩がいたからだよ。


おしゃれで、悪いこともやるけどホントにひどいことはやらない。


その先輩に憧れて、真似したからだよ。







中2のとき、その先輩に、スゲえ所に連れてってもらったんだ。



車はみんな、アメ車やアメリカンバイクばっかり。

男は黒の皮ジャン着て、女の子もみんなオシャレだった。



ここは、日本じゃない、アメリカかと思ったよ。」





カッコイイ先輩にカッコイイ所に連れて行ってもらって、中学生のタタオの驚きと、ワクワクした気持ちが伝わってくるね。




私も、青春時代、60、70年代の若者文化に出会ったときのワクワクした気持ちが蘇る。


グループサウンズから始まって、ローリング・ストーンズをはじめとしたロック、ミニスカート、外国映画などに感じたあの喜び。




タタオもそんな青春の気分を味わうことができたんだね。





タタオ「カッコイイ先輩にあこがれて、その先輩のまねをしたから、オレも少しはかっこよくなれたのかも。



本当に悪いことするやつらには、悪い先輩がついてるんだ。

カンパと称してカツアゲ、教育と称してリンチ。


そんなの、かっこよくないから、やりたくない。


かといって、きれいごとだけじゃやってけない。

強くなくちゃ、NOって言えない。



強さってのは、気持ちなんだ。

どんなにやられて帰ってきても、『オレは負けてない』って思って、次の日また行く。

相手だって、だんだんめんどうになって、あきらめるんだ。」





私の知らないところで、タタオも人生学んでたんだ。

カッコイイ先輩の真似をしながら。





かっこよさってのは、生きかたなのね。



タタオはいい先輩に出会えて、幸せな青春だったね。






タタオ「カッコイイ先輩には、それに合ったカッコイイ後輩がつくんだ。

だから、オレの後輩だって、カッコイイよ。」


「お〜〜〜!」
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2006年04月20日

感動が津波のように。

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キキコが小さい頃、タタオの学芸会に連れて行った。


大人数で舞台に駆け上がるシーンでは、


大声で、「おかあさん、びっくりしたね〜〜」などと、言い出すものだから、

こちらが「し〜〜〜




しかし、あまりに楽しかったせいか、キキコ「明日も行く」と言い出す。


当時は、学校の人数が多く、

1,3,5年生とその父兄が観る日、

2,4,6年生とその父兄が観る日の2日間に渡って上演。

もちろん、出演は、全学年である。


よほど、娯楽のない家庭に思われそうだが(そうだったかも)、

そんなに楽しいならと、次の日も、座布団&飴を持って、キキコと学校へ。




なんだか、旅まわり一座の公演を見に行く親子・・・・のようであった。







キキコとは、その後もデパートの爬虫類展(キキコはこんなものが好きなのだ)へ行ったり、

ストーンズや、氷室京介のコンサートに行ったりした。(こっちは、私の付き合い)

女の子っていいなぁ、いつまでも、母親についてきて。





中学の夏休み、髪をまっ茶っ茶に染めたキキコに、

もうやけになった私が、「スーパーの買い物に一緒に行く?」と聞いたら、

うれしそうに「行く!!」



スーパーで会ったお母さん方に「どうしたの?その髪」と聞かれつつ、

キキコと買い物した日々もあった。









キキコが、高校生のとき、「ゴッホ展」を見に行きたいと言った。



そうか、キキコも大人になったねぇなどと思いつつ、ふたりで、格調高く、
絵画鑑賞に。






いや〜やっぱり本物の絵はすばらしいじゃないの などと思って帰る私の側で、

キキコがイマイチ元気がない。



私「どうしたの?」


キキコ「そりゃあ、いい絵かもしれないけどサ、別に普通の気分だった」


私「???








聞けば、絵画鑑賞は初めてのキキコは、


ゴッホの絵を見た瞬間、




感動が津波のように押し寄せてくるもの




と思って、ドキドキして待っていたのだった。
posted by タキちゃんのママ at 22:09| Comment(8) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハワイ旅行〜自慢話に勝つ!!編〜






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ハワイに来たけど金はない暴走ファミリーは、金は無いなりにそれぞれ楽しんだ。


全員、市バスと、トロリーバスで、どこまでも出かけた。


タタオたち若い男の子3人は、コンドミニアムにあるテニスコートとプールで、テニスと泳ぎ三昧。




一番喜んだのは、二人のばーちゃん達だった。



初めてパスポートを取り、海外に来たばーちゃん達は、


ハワイの自然に感動し、


家族で来られた楽しさを満喫し、


いきいきと生まれ変わったようだった。




東北ばーちゃんは、じーちゃんを亡くしてから、


「もう、いつ死んでもいい」と落ち込んでたのだが、


ハワイに来て一転。



「生きてると、こんな楽しいこともあるんだ〜」


と、気分一新となったようだ。




湘南ばーちゃんは、




「まさか息子二人と孫たちとハワイに来れるようになるとは、夢にも思わなかった





と、苦労の多かった人生を思い、喜んだ。





ふたりとも、初めの心配はどこへやら、




またハワイに来たいと、自信満々。



私ももちろんまたくるつもりで、


しっかり10年パスポートを取っておいた。






楽しかったハワイ旅行も終わり。




ばーちゃんたちも、いっぱいのおみやげとみやげ話を持って、帰って行った。









湘南ばーちゃんは、近所のお茶のみ友達と、おしゃべり。




茶飲み友達「この間、息子が北海道に連れってってくれてさ。羽田から飛行機に乗った。」



湘南ばーちゃん「私も成田から飛行機に乗った」



友達「どこ言ったの?」



湘南ばーちゃん「息子がハワイに連れてってくれてさ」





友達「負けた!」






茶飲み友達との自慢話合戦にも勝った湘南ばーちゃんであった








P・S 湘南ばーちゃんが亡くなった時、親戚や、お坊さんや、みんなから

「ばーちゃん、ハワイへ連れて行ってもらったの、すごく喜んでたよ。」

と言われた。

みんなにハワイの話をしていたらしい。



近くに住んでる義兄一家は、ばーちゃんをいろんな所に連れて行ってたが、うちはなかなか。

最後に親孝行が出来てよかったと思う反面、もう1回連れて行きたかったと、ダンナと涙した。
posted by タキちゃんのママ at 00:34| Comment(6) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

ハワイ旅行〜ハワイで合宿!?編〜

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友達に「家庭内いじめ?」と、誤解されつつ、ラッキーのために残ったキキコを置いて、


総勢10名は、一路ハワイへ。






旅費と宿泊費はダンナのおごりだが、

ダンナは格安チケットを取りそびれ、

財政はなかなか逼迫してきた。



10名が毎回、外食してたんじゃ、お金が大変である。



私は、義妹に持ちかけた。


私「ハワイのコンドミニアムは、炊飯器もあるからさ。自炊しない?」

義妹「い〜〜よぉ。する、する。」

子供の教育費で大変な義妹は、すぐ乗ってきた。





着いたら、まず、全員から、食費として20ドルずつ集め

これで朝と夜の食事は作るからと、私と義妹が預かった。




かくて、私たちは、ハワイのすばらしい空と海を満喫しつつ、

どこへ観光に行っても、帰りはフードセンターに寄り、

食料を買ってから、コンドミニアムに帰宅。




ダンナたちは、ビール&冷凍枝豆など、買っている。



ばーちゃんたちもすぐに慣れ、自分たちで、ジュースやらケーキやらを買えるようになった。




夜は


カレー&サラダ、

ビフテキ&ジャーマンポテト&野菜スープ、

炊き込みピラフ&野菜スープ、

また、カレー、




朝は、


炒めたキャベツとソーセージをはさんだホットドッグ&アイスココア(ハーシーのチョコシロップを買って牛乳に混ぜた)、

おにぎり&ゆで卵&インスタント味噌汁、

トースト&ハムエッグ&オレンジ&コーヒー、

ご飯&ハムエッグ&インスタント味噌汁




昼は、各自、出かけた先で、ピザやサンドイッチ、ラーメンなど食べてた。






朝と、夜になると、各部屋から、人が集まり、みんなでごはん。


わいわい言ってみんなで食べるご飯はおいしい。




東北ばーちゃん(私の母)など、


「合宿みたいで楽しいねぇ」





義妹と私は、いかにムダなく食料を買うかで、日ごろの節約主婦ぶりを発揮。


帰る日には、冷蔵庫はカラッポ。


お金もわずかだが、余った。


私と義妹は、ふたりして、自画自賛。


『私たちって、すばらしくない!?』





結局、ハワイだろうが、家だろうが、生活はいつもと何ら変わりない、暴走ファミリーであった。


posted by タキちゃんのママ at 20:13| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

バトンって何?





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だらぞうさんから、バトンが回ってきました。





私のブログのどこかにそのバトンが入ってると思いきや、


探しても無いのでタタオに聞くと、自分でコピーするとのこと。


がんばってみました。






@ 回してくれた人の質問に答える




☆今一番興味があること(人、もの)は?


キキコのおしゃべり。




もう、フィアンセと暮らしてるので、かつ、仕事が忙しいので、キキコのおしゃべりが聞けない。


キキコのおしゃべりで、いつも笑って、元気がでた。

あんなに毎日しゃべっていたので、寂しいよ〜〜。







☆ここ数日で一番楽しかったことは?


ダンナと、湘南ばーちゃんの思い出話を、泣きながら、笑いながらしたこと。

だって、笑うようなエピソードばっかりなんだもん。






☆100万円貰ったら何に使う?


もちろん、居間のベコベコしている床を直します。


前に、壊れかけたベランダで片足突き破って近所中に聞こえる大声出した、

あの二の舞を踏まないように。






☆ご趣味及び特技は?


音楽聴くこと。


おもに、ロックだけど、生なら、中学生のブラスバンドでも楽しめる。





☆ブログを通じて得たもの・失ったもの
  (あなたにとってブログとは?)



得たもの・・・・・

ブログ仲間。普段の生活では、絶対知り合えない、いろんな人と知り合えた。


失ったもの・・・・・

こんなこと書いたら、反感買うんじゃないかとか、

これ見たら、人はどう思うかな?

とかいった羞恥心。

え〜〜〜い、もう、書きたいこと書いてやる!

文句があるなら、受けて立とうじゃないの!






A 次の人への質問を考える


だらちゃんと同じです。





☆ここ数日で一番楽しかったことは?




☆100万円貰ったら何に使う?




☆ご趣味及び特技は?




☆ブログを通じて得たもの・失ったもの

  (あなたにとってブログとは?)












B バトンを回してくれた人へメッセージ


だらぞうブログは、ほんとにおもしろい!


だらちゃんのスタンス、大好き!


この調子で楽しませてくれ!









C バトンを回す人3人



気分を変えてみない?の


   ペロCちゃん、

   ひろママ





しばらくコメントごぶさたの


   ナミちゃん、



その他、聞いて見たい人はいっぱいいるけど、


私のブログに1回でもコメントくれた人、くれない人も、

暇なら、コメント欄に入れてくれ。





posted by タキちゃんのママ at 12:34| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

ハワイ旅行〜家庭内いじめ!?編〜




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2年前、ダンナが、湘南ばーちゃんと、東北ばーちゃんを連れて、ハワイに行こうと言い出した。


誘いに乗ったダンナの弟一家+α、も一緒で、総勢10名。




しかも、全費用ダンナのおごり、である。








心臓にペースメーカー入れてる湘南ばーちゃんは、



「私が行くとみんなに迷惑かけるかも」と躊躇したが、



身内でいくから、だいじょうぶと半ば強引に説き伏せ、いざ、出発。







ちなみに、キキコだけ置きざりにした




ダンナ「ラッキーは年取ってるから、ひとり(一匹?)で残すの心配だ。


キキコは彼と行ったほうが楽しいだろう。後で二人で行って来い。


だから今回は留守番だ!」




キキコもラッキーと彼のことを言われれば、納得せざるをえない。







ひとりのキキコは、友達に電話して、誘いまくり。



キキコ「今、私ひとりだからさ。うちに遊びに来てよ」


友達「えっ、どうして一人?」


キキコ「今、私を除く家族&親戚でハワイに行ってるんだよ」





友達「なに、それ。 家庭内いじめ? 」
posted by タキちゃんのママ at 19:46| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

o お義母さん、ありがとう

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願わくは、花の下にて、春死なむ・・・・



西行のこの歌の通り、桜の花びらの散る中、義母は、天国(いや、極楽浄土か)へ旅立った。


眠った姿のまま、突然、誰の手もわずらわせることなく。






ハードな義父に仕え、貧乏ななか、五人の息子を育て(子供達も小学生から新聞配達をして家計を助けた)、苦労の連続だった義母。


人見知りで控えめな反面、肝のすわった豪快なところがあり、そのおかげで家族がここまでこれたのだと思う。






ダンナ「オレなんて、十代のころ母親にスコップ持って追いかけられたことがある」



「え〜〜、思春期のころなんて、絶対アナタの方が強いじゃん。逆ならわかるけど。」



ダンナ「オレが『産んでくれと頼んだ覚えはない』って言ったら、『それなら、殺してやる』って言ってスコップ持って追いかけてきた」



「そりゃ、逃げるっきゃないね」








キキコ「おばあちゃん、お父さんのことスコップ持って追いかけたんだって」



義母「あんたのお父さんは『産んでくれと頼んだ覚えはない』なんて言ったんだよ。


憎らしかろ?」



義母「あんたのお父さんはホントに理屈っぽくて生意気だった」



キキコ「ハハハハ」



息子のことはケチョンケチョンに言ってたけど、嫁のことはいつもほめてくれてた。






義母は、結婚した息子の家庭には口出ししなかった。




嫁にも何も要求せず、小さなことでもしてあげると喜んでくれた。


この姑なら、この私だっていい嫁になれちゃう。





義母が知り合いとケンカして腹が立ったというのを聞いて、まだ若かった私は、

「大人になってもケンカしていいんだ」とホッとした。




私がダンナに夏みかんの皮をむいてあげると、


義母「そんなにしてやらんでもいい。食べたかったら自分でむくよ」


私(いや、自分じゃめんどうがって食べないから、健康のためにむいてあげてるんですけど)






いつも、私の味方をしてくれ

義母「あれ(うちのダンナ)は男ばっかりで育ったから、女の気持ちがわからんからねえ








お通夜までの3日間、みんなが交代で泊まった。





ばーちゃんが亡くなったと聞いて、孫たちも次々に駆けつけた。



「親にタバコをないしょにしてた時、ばーちゃんちで吸ってた」


「親とケンカして家出したとき、ばーちゃんがオレのこと探してくれ、

『ばーちゃんがいっしょにお父さんたちに謝ってやるから』

と言ってくれた」




地方の仕事先から、仕事を片付けて車をとばし午前2時に来た孫もいる。




そして、みんなでいろんな話をした。



近所の人まで「いつも、お嫁さんたちのこと褒めてたよ」と言ってくれた。







お葬式の最後のあいさつ、義兄が


「母はこの10年間くらい、『今が一番しあわせ』と言ってました。

『うちは嫁さんたちがみんないい』といつも嫁さんを褒めてました。




長男の嫁○○さん、次男の嫁△△さん、四男の嫁□□さん、ほんとにありがとう。
(嫁たちここでたまらず、号泣)


孫たち、ばーちゃんを今までささえてくれてありがとう。

(孫たち、号泣)」





初七日の後の精進おとしは、日本庭園のあるすばらしいところだった。





義姉「ここは、今年のお義母さんの誕生日に連れてくるつもりだった。

でも、もうお義母さんは食べれないね」(と、涙)


私「お義母さんだって食べてるよ、ほら」

義母の写真の前にもお膳があった。(私も涙)


私「お義母さんも、みんなをここに連れてこれて、喜んでるよ」(二人して涙)







あんなにいい姑はいないと、いつも思ってた。




お義母さんは、お金はなかったけど、私たちにあたたかい心をいっぱいくれた。




その遺産は、いくら使っても減らない。増えるばかりである。







おかあさん、心配いらないよ。



天国の入り口のところには、ざーくん(お義兄さんちの犬)とラッキー(うちの犬)が迎えに来てるよ。


じーちゃんのところまで連れてってくれるからね。
posted by タキちゃんのママ at 23:14| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月06日

私も反省文?




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朝、お弁当に肉の野菜巻きを作ってたら、ダンナが


「そんなに、手をかけて作らなくても、腹に入りゃ、同じなんだから。」


だったら、いんげんと、にんじんと、お肉を、別々に入れても食べてくるかっての。肉しか食べてこないくせに。




キキコが彼のうちへ行ったときのこと、



キキコの彼「キキコが来ると、変わったおいしい料理が食べれるね。」


キキコ「ウチのお母さんなんてかわいそうなんだよ。

お母さんは、お父さんから、“お前は、もう、十分にやってくれてる、オレは、満足だ。
だから変わった料理はつくるな”なんて、言われてるんだよ。」





タタオも、父親とご同様だ。




タタオ「変わった料理、作んないで。」


私「だって、いつも同じだとあきちゃうじゃん」


タタオ「いいんだよ。同じものをくりかえせば」






この二人といっしょにいて、私の料理のレパートリーが、ふえるわけがない。



カレー、コロッケ、さんま、

肉じゃが、ギョウザ、お肉のしょうが焼き、

天ぷら、トンカツ、春巻き、

ハンバーグ、オムレツ、手巻き寿司など


定番中の定番を、くり返すだけである。

(でも、こう並べると、おいしそうじゃん)





変わったものは、食べたくなくても、出来合いのおそうざいや、冷凍食品は、イヤなのだ。



タタオは、

「お弁当に、こまごまと冷凍食品いれないで。ウチで作ったおかず一品だけをたくさんいれればいいから」と言うので、



コロッケ5個とキャベツだけがおかずといったお弁当なのである。






前に、夫婦ゲンカして、頭にきて、食事は冷凍食品だけにしてやった。


先に、音をあげたのは、タタオだった。(夫婦ゲンカのとばっちりは子供にいくのよね、かわいそうに)



タタオに



“これからは、冷凍冷品に、いっさい手を出しません”





という誓約書まで書かせられた。




当時、中学生だったタタオは、学校で悪いことするたびに、反省文を書かせられていたので、


反省させるには文章にしなきゃと、思ったらしい。




その紙を、冷蔵庫にはられて、反省をうながされた母親の私であった。
posted by タキちゃんのママ at 21:50| Comment(22) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

女の子といるよりも・・・



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ローリング・ストーンズの古い曲で、ミックは、

“おまえみたいな女の子といるより、ヤロウどもといた方がマシさ”と、歌ってる。



まるで、男の子達と遊んでる方がずっと楽しそうだったタタオの中学時代のようだ。




実際、タタオは、女の子と出かけてもつまらなかったらしく、

「男と、遊ぶほうが、おもしろい」って、言ってた。



まさに、I‘d much rather be with the boys than girlsである。






中学に入って、一歩、大人に近づいた気のするタタオ達は、


毎日がワクワクの連続って感じ。

(で、親はハラハラの連続



男の子達とつるんでは、いろんな悪さをしていた。


その度、親たちは学校にあやまりに行った。


いや、学校から呼び出されたと言うべきか。


ダンナが行ったときは、おわびに学校のトイレ掃除を決めてきて、三組の親子でトイレ掃除をしたこともあった。






年中何かしていて、しばらくおとなしいと、そろそろまた何か仕出かすんじゃないかと、不安になった。






あの頃、私たち母親に、安らかな日々はなかった。



 



久しぶりに、トイレ掃除組の母親三人で食事した。




一人の息子は、働いた後、自分の好きな仕事をするため、勉強して専門学校に入り直し、今はその好きな仕事に就いてる。





毎日、遅刻しそうな彼を高校まで車で送ってた母親は、


「あの子、毎日、バスで会社行ってんの。無遅刻よ。この間、私が寝坊して起こすの遅れちゃったんで、

『今日は車で送ってく』って言ったら

『いつも早めに行ってるから、まだ大丈夫、バスで行く』って。

昔を考えるとウソみたい。」





もう一人は、お父さんの仕事に就き、よく働いている。


そういえば、トイレ掃除のときも、一生懸命やっていたのが印象的だった。


家にも、たくさんお金を入れている。


「親孝行ねえ」と、あとの二人。





タタオも、父親の仕事に就き、父親の仕事の苦労がわかり、いまや父親の一番の味方である。






あの当時

「あすのPTA、行くのやだねえ〜」


「私なんて、スーパー行くのもやだよ。他のお母さんに白い目で見られそうで」


「私たちの子ばっかり悪者だけど、先生だって、けっこうひどいよね」


「ホント、一人だったら、耐えられない。こうして、みんなでお茶飲んでしゃべれるから、何とかやってけるのよ」



そうやって、親同士、励まし合ってきたのよ。






そして今、


久しぶりに三人で飲んだ食後のコーヒーは、格別おいしかった。
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2006年04月03日

私の教育のおかげ?

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タタオくんがお出かけである。



ラルフ・ローレンの黒のポロシャツ、


バーバリのパンツにリーガルの白いローファー。


高級腕時計にキャデラック。





私「きょうは、おぼっちゃまじゃん」

タタオ「まぁ、全部、自分で買ったものだけどね。。(苦笑)」


(確かに。親が全て買い与えたおぼっちゃまじゃあないわね。。)






タタオ「オレんちって、あんまり金くれなかったよな。」



いま考えると、その通りである。




お年玉は一回もあげたことがない。



お小遣いは中学まで。 (高校からはアルバイトに精を出す)



サンタクロースは早々に暴露。 (それ以降はクリスマスプレゼントなし)



   小学生のタタオ「おかあさん、サンタクロースって、ほんとはお父さんなの?」

   私「そうだよ。」

   小学生のタタオ「え〜〜〜!うそだあ〜〜〜」と泣き出す。



   自分で聞いたんじゃん。否定してほしかったのか。




しかたなく、現実と向き合うタタオであった。







お金がないと、人間、いろいろ考える。





キキコにしたって、時々お菓子を買ってくるのだが、それを必ず私に勧める。



自分だけで食べたらそれは自分の買い食いになって、自分のお小遣いから出さなきゃならないが、


私が一口でも食べたらそれは家のおやつになり、私が出さなきゃならないのだそうだ。(なんでだよ)




キキコ「おかあさん、これ、おいしいよ、一口どう?」


で、私が食べると、必ずレシートを出して、請求する。


キキコ「おかあさん、三百九十円ね」




さらに、

タタオ「キキコのやつ、一万円の服、丸井の十回払いで買ってんだぜ」






お金がないと言う私に、キキコが、一ヶ月家計を預かったことがある。


そしたら、二万円も余った。



キキコ「でも、毎日ケンカだったよね。おかあさんが、もっと買わせろって言って。」







でも、私にはさっぱりできないやりくりというものを、少なくとも私よりは身につけたタタオとキキコであった。





タタオ「一生金持ちでいられる保障はないんだから、子供にあんまり金与えないほうがいいかもな」



「そーなのよ。お金がないわけじゃあないのよ。すべては、あなたたちの教育のためだったのよ。」



タタオ&キキコ「うそつけ!」



posted by タキちゃんのママ at 20:13| Comment(20) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月01日

将来何やりたい?って・・・パート2


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パート1.「私はさあ、将来・・・・・」から、続く。




スパルタ「実家の近くで、その季節にしか採れない野草なんて、すごくおいしいんだよ。

そんなもの食べさせる自然食レストランやりたい」


私「教師は辞めるの?」


スパルタ「定年後でもいいし、早めに辞めてもいい。病気もあるし」


スパルタはつらい病気を持ってるのに、この元気である。


アテネ「どこでやるの?」

スパルタ「実家の近くに土地があるんだ」


アテネ「スパルタの実家って、すごくいいんだよ」

スパルタ「台所から、○○連峰の山並みが見え、その前は一面田んぼだよ。」


私「え〜〜、私、あの山並み大好きなんだよ」

アテネ「タキママ、行ったことないよね。これから行ってみない?」






というわけで、車で一路スパルタの実家へ



途中スパルタのお母さんにTEL。

スパルタ「これから、友達二人連れて帰るから」

スパルタの母「そりゃ、大変だ」





すばらしい所だった。





そして、お茶といっしょに出されたものは―――


スパルタのお母さんの手作りのたくあんに干し柿。

近所の90歳のおばあちゃんが摘んできたナズナの胡麻和え。


お店では、絶対、手に入らないおいしさに大感激。





自然食レストランの原型を見る思いだった。




アテネ&私「やれる!絶対やりな!団塊の世代が退職したら行くよ。

彼ら、そこそこお金はあるし、こいうもののおいしさも知ってる。

インターネットで宣伝しな」


スパルタ「そうとなったら、亭主とも仲直りしなきゃ。これやりたいって言ったの亭主だし」


今回はスパルタがダンナと冷戦中だった。この順でいくと、次はうちが冷戦かも。





冷戦は終結、明日への展望が生まれ、元気みなぎって帰れる私たちであった。



スパルタ「パルテノンはバカなんだから。

用事断っても今回来てたら、こんなに元気になって帰れるのに」


パルテノンは、子育てが終わって、病気もしたりで、元気がないらしい。



アテネ「私も仕事、もうちょっとがんばりたい」


アテネは、デザインも営業も好きなんだそうだ。

県内を車で走り回って仕事してる上、女性起業家のはしりとしてカルチャーセンターで講師までしてる。

これ以上どうがんばるってんだ?




私「私は何にも無い」

アテネ「アンタ、ブログ始めたじゃん」

私「・・・・・(それだけ?)」



スパルタ「とりあえず、来年また会って、夢がどこまで実現したか確かめ合おう。



来年も万難を排して来い!


休んだら次はないと思え!」








―――私たち、53歳ですが、何か、問題でも?







posted by タキちゃんのママ at 20:55| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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